３　外国人に係る医療の現状と対応の方向

（１）基本的な考え方

○　我が国の社会保障制度は、昭和５６年の「難民の地位に関する条約」（昭和５６年条約第２１号）の批准に伴う関係法令の整備を経て、現在では、我が国に適法に滞在する外国人については、基本的には内外人平等の原則に立って適用されることとなっている。

○　外国人にとっても生活しやすい社会としていくためには、外国人に対して制度を適用するだけでなく、我が国の社会の仕組みを外国人も利用しやすいものとしていくことが必要であり、保健医療の分野についても、こうした視点に立った配慮が求められている。

○　したがって、我が国の医療に係る諸制度について、本来、適用されるべき制度が情報不足等により適用されていない、あるいは言葉や生活習慣の違いが支障となって利用しにくいなどといった問題点を整理し、我が国に滞在する外国人が不都合を感じることなく医療を受けられるよう、十分な情報提供や利用しやすさに配慮した運用を行うことが必要である。

○　不法滞在外国人への対応については、入国管理政策との整合性に留意する必要があり、不法滞在外国人の退去強制、公務員の通報義務、雇用主等に対する不法就労助長罪など、入国管理政策と矛盾を生じないようにする必要がある。

○　もとより、不法滞在外国人は退去強制の対象となるものであり、不法滞在を前提とし、あるいはこれを容認するような形で、新たに制度的な対応を行うことは論理的な矛盾を拡大するだけでなく、かえって不法滞在を助長することになるおそれもあり適当ではない。

○　一方、現実問題としては、我が国では約３０万人という多数の不法滞在外国人が存在しており、その中には治療を受けながら医療費を支払わず医療機関側にしわよせされる事例がある。しかし、不法就労による収入が母国への送金等に使われているなどの実態もあり、このような実態も考慮する必要がある。

○　また、不法滞在外国人を雇っている雇用主は、医療保険の保険料などを負担することもなく、安く不法滞在外国人を雇用しているのが一般的であり、医療の問題については、可能な限り、こうした雇用主の責任を追及していくことが必要である。

○　以上を総合的に勘案すれば、今後の方向としては、国、地方公共団体、雇用主、医療機関など関係する多くの者がそれぞれの役割に応じて関わりの程度を広げることにより、問題点をできるだけ縮小していくことが現実的な対応であり、医療保険制度など、現行の諸制度の適用方法や運用の在り方を見直し、可能な範囲で新たな工夫を織り混ぜて、現実的な解決方策を採っていくことが妥当である。

○　この場合において、税や保険料を負担することなく医療サービスを享受するという問題や、費用負担をしないで医療を受けることを目的として入国するという事態を生じないようにするとともに、我が国に適法に滞在している外国人との均衡を失することのないようにする必要がある。

○　なお、この問題については、外国人労働者の受入経験が豊富な欧米諸国における取扱いを参考とすることも考えられるが、欧米諸国においては、当該国の旧植民地との関係、過去に大量の外国人労働者を受け入れた経緯、我が国のような住民登録制度が必ずしもないという状況、制度と運用実態の差など、各国毎に事情が異なり、ある程度参考になるとしても、我が国との単純な比較は困難であると思われる。

（２）外国人にも利用しやすい保険医療制度

（現状）

○　我が国の病院、診療所等の医療機関については、基本的に、誰でも、いかなる医療機関においても受診することが可能であり、国籍による区別、あるいは入管法上の適法・不法の区別も行われていない。
　　したがって、医療の提供体制については、いかなる外国人に対しても、日本人と平等に開かれているということができる。

○　しかしながら、外国人が実際に医療を受けるに当たっては、言葉の問題、我が国の医療制度や医療機関についての知識や情報の不足、生活習慣の違いなど、様々な困難や摩擦が発生しているのが現状である。

（対応の方向）

○　外国人にも利用しやすい保健医療の仕組みとしていくため、我が国に滞在する外国人の多様な実態に配慮しつつ、地域の実情に応じて、外国人が医療を受けやすくするための施策や、外国人が健康な生活を維持するための施策を推進していくことが必要である。

○　例えば、行政においては、地域の実情に応じて、外国語による相談窓ロの設置、医療保険制度等についてのわかりやすい説明や適用の確保、外国語で受診できる医療機関名簿の作成、結核予防法や予防接種法等に基づく各種の健康診断、予防接種等についての情報提供等を推進していくべきである。

○　医療機関においても、医療通訳ボランティアの確保、外国語による問診票や医療会話集、診療の手引きの普及を行うことなどの取組みが望まれる。

○　なお、我が国に滞在する外国人については、同国人同士の結び付きが強く、情報伝達の手段として、いわゆるエスニック・メディア（同国人を対象として地域的に発行される情報誌など）が効果を上げていることが指摘されている。
　　したがって、外国人に対して政府や自治体が医療に関する正しい情報を提供していくために、こうしたエスニック・メディアを有効に活用することも一つの方法である。

（３）医療保険制度における対応

（現状）

（健康保険制度）
○　被用者を対象とする健康保険制度は、「常用的雇用関係（所定労働時間・日数が同種の業務に従事する他の通常労働者のそれのおおむね４分の３以上あること）」にある外国人に対しては適用されているが、不法滞在外国人については、不法な就労を前提とした使用関係はきわめて不安定なものであり、「常用的雇用関係」にあると認められないため、適用されていない。

（国民健康保険制度）
○　自営業者等を対象とする国民健康保倹制度は、外国人登録を行っている者であって客観的に１年以上居住することが見込まれる適法滞在者については適用されているが、不法滞在外国人は退去強制の対象となるものであり、「住所を有する者」とは認められないので、適用されていない。

（対応の方向）

○　医療保険制度は、地域あるいは職域の構成員が全員で加入し、保険料を負担し合うことによって、疾病・負傷という事故に対処しようとする相互の助け合いの制度である。

○　したがって、保険料の負担をすることなく医療サービスのみを享受するという問題や、健康なときには保険料を支払わずに、疾病にかかったりけがをした後に医療保険に加入するという逆選択の問題は、医療保険制度の根底を崩すおそれがあり、こうした問題が起こらないよう十分留意する必要がある。

○　また、本来、適用されるべき人が適用から漏れている事例があるほか、それぞれの国の医療制度についての認識の違いもあり、我が国の医療保険制度についての理解不足から、自ら加入しようとしない者もみられる。医療保験の保険料は、自分の健康を守るために不可欠の拠出であり、生活費の一部であるという認識を持たせ、加入への意識を高めることが重要である。

○　このため、入国時や留学・就学先の学校、職場等において、医療保険制度についての情報提供を行うとともに、その加入を促進することが必要である。
　　また、事業主に対しても、従業員の医療保険制度への加入についての理解と協力を求めていくべきである。

○　留学生等については、例えば、大学等への入学時におけるオリエンテーション等を通じて、引き続き、我が国の医療保険制度についての情報提供や加入勧奨等を行うべきである。
　　また、その際、医療保険の保険料支出も学生生活に欠くペからざる経費であることを留学生等に周知することが必要である。
　　なお、（財）日本国際教育協会において、留学生についての医療費補助制度が実施されているが、本制度のより一層の活用が望まれる。

○　医療保険制度は、職域や地域における相互の助け合いの制度であり、保険料の拠出によって医療の給付が行われるものである。
　　したがって、外国人であるか否かを問わず、職域や地域という社会の一員を構成する者については、医療保険制度への加入を認めるという考え方を基本とすべきである。
　　このような考え方に立って、医療保険制度及び国民健康保険制度についての外国人に対する適用要件を改めて整理してみると、以下のようになる。

　①　健康保険制度について

ａ　健康保険制度は雇用関係に着目した職域における保険制度であり、常用的雇用関係にある者について、事業主が保険者に届け出ることによって、被保険者となる仕組みとなっている。
　　したがって、常用雇用されている外国人については、常用的雇用関係があるものとして、事業主による届出によって、健康保険制度の適用を行う取扱いとしていくことが適当である。

ｂ　留学生や観光客等を除いて、我が国に滞在している外国人の多くは就業しているものと考えられ、健康保険制度の適用事業所に雇用されていれば適用対象となるものと見込まれる。

　②　国民健康保険制度について

ａ　国民健康保険制度は、国内に一定期間の居所を有するという事実に着目した地域を単位とする保険制度である。
　　したがって、地域社会の一員とみなしうる者については、原則として被保険者とするという考え方に立っている。

ｂ　具体的には、我が国に１年以上滞在することが見込まれる外国人について適用することとしているが、これは、住民基本台帳上の「住所」の解釈において「１年以上」居住している場合に当該場所が生活の本拠たる住所として取り扱われること、住民税において「１年以上」居住している外国人を課税対象としていること等に対応するものであり、この要件を廃止あるいは期間短縮することについては、他の諸制度との整合性を図る観点等から、さらには実務上も、困難ではないかと思われる。
　　ただし、適法に滞在している外国人が在留期間の更新により、結果的に１年以上我が国に滞在する場合には、国民健康保険制度への加入を検討してもよいのではないかと考えられる。
　　なお、１年未満の滞在で帰国することが見込まれる外国人については、我が国の地域社会の一員というより、生活の本拠がなお母国にある者と解される余地があり、母国の制度あるい民間の医療保険などにより対応すべきものと整理することが考えられる。

ｃ　また、外国人に対する国民健康保険制度の適用を行う場合には、我が国に１年以上の滞在が見込まれるか否かの判断を行う必要があり、外国人登録に記載されている在留資格及び在留期間の確認が行なわれることから、当該外国人の滞在の適法・不法が自ずと判明する。したがって、不法滞在外国人に対する適用については、現行の取扱いを変更することは適当ではない。
　　ただし、例えば、日本人と結婚したことなどを理由として、退去強制手続の過程において我が国への在留を希望している者であって、我が国に一定期間居所を有することに合理的な理由がある場合などについては、国民健康保険制度の適用が考えられるかどうか、保検料負担の求め方等も含め、制度上の検討が必要である。

○　医療保険制度の外国人への適用の在り方を見直すに当たっては、外国人の特性に応じた給付の在り方についても検討する必要がある。例えば次のような問題が考えられる。

①　我が国に単身で滞在し、家族を母国に残してきているような場合には、当該家族についての医療は、本来、母国の制度が対象とすべきものであり、我が国の地域社会あるいは職域との関連はきわめて薄いものである。そのような場合の出産育児一時金等の現金給付、海外療養費の支給の制限についてどう考えるか。

②　本人が母国に帰国した場合の継続療養の支給の制限及び任意継続被保険者の資格の制限についてどう考えるか。

（４）その他の諸制度における対応

ア　生活保護制度

○　生活保護制度は、日本国民を直接の対象とし、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、併せてその自立を助長する制度である。
　　ただし、永住者等については、予算措置として法を準用し、日本国民と同様の要件の下に給付が行われており、平成５年度における被保護外国人は、約２万８千人となっている。

○　一方、不法滞在外国人及び短期滞在者等は、我が国で自立して生活することが予定されておらず、我が国で就労できない者であるため、生活保護制度の適用に当たり稼働能力、資産その他あらゆるものを活用するという「補足性の原理」を厳格に適用できないこと、外国人に対して無差別に生活保護制度を適用することは生活保護を目的とした入国を助長するおそれがあること等の問題もあることから、制度の対象とされていない。

○　我が国に適法に滞在する外国人については、我が国の医療保険制度、あるいは民間医療保険に加入する等により、外国人本人や受け入れた雇用主等が保険料を負担することによって、病気やけがに対する危険に対応している。
　　したがって、仮に不法滞在外国人について生活保護制度を適用した場合には、日本人や適法滞在外国人との均衡を失し、制度の安定的運営を損なうおそれがあるのみならす、医療保険制度や民間医療保険に加入する意欲を失わせる等、不法滞在外国人や雇用主の自己責任の意識を減退させるおそれがある。

○　また、我が国と途上国との大幅な経済格差が存在する限り、今後とも不法滞在外国人が増大する可能性は否定できず、生活保護制度を適用すると将来の国民の負担が増加する懸念があり、国民的な合意が得られないのではないかと思われる。

○　以上を総合的に勘案すれば、不法滞在外国人や短期滞在者等について、生活保護制度を準用することは適当ではない。

イ　無料低額診療事業

○　社会福祉法人等が行う無料低額診療事業は、生活困窮者が経済的な理由により必要な医療を受ける機会を制限されることのないよう無料又は低額な料金で診療を行うものであり、平成５年度で全国に２５０施設がある。
　　無料低額診療事業については、我が国におけ医療保険制度の整備などの状況の変化に伴い、新規については抑制を図ることとされている。
　　平成６年８月に５４病院について調査した結果によれば、１ヶ月間で２５人の外国人患者が同事業の対象となっており、全員、医療保険制度の適用のない者であった。
　　なお、無料低額診療事業は、国籍を問わず、また入管法の適法・不法の別なく適用されるものである。

○　無料低額診療事業を実施する医療機関においては、外国人に対しても無料又は低額な料金で診療や健康相談、保険教育等を実施するとともに、その際に外国人向けの手引きの活用やケースワーカーやボランティアによる語学上の対応が行われているところであるが、今後ともこれらの対応の幅を積極的に広げていくことが期待されるところである。

ウ　行旅病人及行旅死亡取扱法

○　「行旅病人及行旅死亡人取扱法」は、救護人のいない行旅病人（いわゆる旅行中の行き倒れ）の救護、引取者のいない行旅死亡人の埋葬等を行うものであり、市町村がその事務を行っている。
　　救護等に要する費用は、第一次的には扶養義務者等の負担となるが、求償できない場合には最終的に都道府県又は政令指定都市の負担となるものである．
　　平成５年度の調査によれば、行旅病人の適用のあった外国人は７０件であり、東京都、千葉県、神奈川県などの首都圏に集中している。
　　なお、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」は、属地主義の考え方を基礎としていることから、国籍を問わず、また、入管法上の適法・不法の区別なく適用されるものである。

○　居所不明等の事例であって、友人や親戚など、身元を引き受ける人がいないような場合には、地方公共団体において、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」の活用を図ることも一つの方法である。

エ　母子保健、助産等

○　我が国で妊娠、出産する者については、母子保健法こ基づいて、母親学級、育児相談等の保健指導が行われており、これらの施策について、外国人にも配慮した運用を行うことが必要である。

○　また、保護上必要があるにもかかわらず経済的理由により入院助産を受けることのできない妊産婦を入所・助産させる児童福祉施設として、全国に５９２ヵ所、４，８２９床の助産施設がある。
　　平成５年度の調査によれば、助産施設に入所措置された外国人妊産婦の数は５９６人であり、入所総人数に占める外国人の割合は１７．７％となっている。外国人が多いのは東京都、大阪府、京都府などの大都市を抱える都府県である。
　　また、未熟児の場合には、母子保健法に基づき、養育医療の給付が行われることとなっている。
　　児童福祉法においては、無国籍児であっても必要な措置が講じられており、不法滞在外国人であっても、保護を必要とする場合には、助産施設等への入所措置が講じられている。

○　したがって、経済的理由等により入院助産を受けることができない場合には、助産施設において対応が可能な旨を外国人相談窓ロや福祉事務所等に周知徹底するなど、円滑な受入れができる工夫をすべきである。

○　なお、不法滞在外国人の出産に関連して、無国籍児となる事例があるが、教育等の諸施策において無国籍児の処遇に適切に対応するような努力がなされるべきである。
　　親が養育できず、引き取り手もいない遺棄された子供の場合にほ、児童相談所において相談や一時保護を行うなど、児童福祉施策における対応がとられている。

（５）関係者の協力

ア　在日外国公館

○ 「領事関係に関するウイーン条約」（昭和５８年条約第１４号）においては、領事の任務として、「派遣国及びその国民の利益を保護すること」、「派遣国の国民を援助すること」などが規定されている。
　　我が国に滞在する外国人が保護を要する状態にある場合や、不法滞在外国人が帰国する場合については、在日外国公館の役割が十分果たされるよう要請していくことが必要である。

イ　雇用主等

○　我が国に滞在する外国人は、雇われて働いている場合が多いと思われ、雇用主等の責任も重要である。したがって、健康保険への加入促進や保険料の徴収、身元の引き受け、医療費の支払い、帰国手続等については、引き続き、雇用主等に対し、その責任に応じた協力を求めていくべきである。

ウ　民間ボランティア

○　民間ボランティア団体等の中には、我が国に滞在する外国人に対し、行政では対応が困難な事例も含め、多種多様な援助活動を行っているものがある。

○　民間ボランティア団体等は、保健医療分野においても、診療に際しての通訳の確保、保健上の不安に関する相談・助言、行政機関や在日外国公館等の関係機関との連絡調整、帰国のための援助など、きめ細かな活動を行っており、今後ともその特性を生かしつつ、一定の役割を担っていくことが期待される。

４　不法滞在者の医療費未払問題

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